花見川のハック 稲見 一良 (角川書店)
1994/7/5 1刷 1359円(税別)
ガン・ロッカーのある書斎 稲見 一良 (角川書店)
1994/10/11 1刷 1359円(税別)
初出:「ガン・ロッカーのある書斎(ミステリマガジン)」1983/1月~12月号
「ミッドナイト・ガン・ブルー(モデルガンチャレンジャー)」1983/9月~1984/8月号
帖の紐(たとうのひも)―稲見一良エッセイ集 (中央公論社)
1996/9/10 印刷 1996/9/20 発行 1165円(税別)
初出:「産経新聞」1992/4/3~1993/7/28
セント・メリーのリボン (新潮文庫)
1996/2/1 1刷 427円(税別)
初出単行本:1993年6月(新潮社)
この季節になると、稲見一良作品を読みたくなる。
「セント・メリーのリボン」と「猟犬探偵」。
「ダック・コール」や大人の童話(?)「男は旗」に浸った。
その勢いで、稲見氏が亡くなる直前まで病床で書いた、未読のエッセイ集や「花見川のハック」を読んだ。
初期のエッセイ「ガン・ロッカーのある書斎」で、稲見氏がこだわり、好きだった銃やナイフといった道具や、映画・小説に関する知識の数々を読み、取上げられた作品のオリジナルに触れたい思いに駆られ、「帖の紐」で小説の卵となるエピソードを感じとった。
猟銃や拳銃の豊富な知識は、それらを扱った世の小説や映画の、野暮な間違えをエッセイで嘆いている稲見氏は、ホンダ・シルクロードやNV750を所有され、ご自身の癌が見つかる直前、オートバイで大阪へ向かうほと思い入れがあるのに、何故か「花見川のハック」集録の「曠野」に、誤植とは思えない間違えを見つけた。校正落ちなのだろうか。
舞台をアメリカにしたそれの210ページ。
『男はふと思いついたように「豆食うかね」と言って立って行った。バイクから缶を一つ持ってきた。バイクはトライアンフだった。ドイツ製の名車だ。』
会話終盤、別れ際211ページ。
『男はトライアンフに跨った。「良いモーターサイクルだそうだな」と俺が言った。「ナチスから分獲ったんだ」』
初出は1994年「野生時代5月号」。没後2ヶ月の掲載となる。
読者には思い及ばない、吐血し混沌とした意識と体調の闘病生活から、素晴らしい小説を残した稲見氏は、横向きの病床で執筆されるさまを、夢現にあるとエッセイに書かれている。
癌発病からの短い生涯に、素敵な本を残された稲見氏。
世に善をなし、人々に必要な人が病に苦しみ、短命のうちに去っていく。
筆者の身辺でも、今年は春先に一人。そして、盛夏にまた一人と、二人の知人が逝った。
なぁ、Yよ。そっちって、あるのかい?
むかし、Sの小父さんの手相見で、「人生思うが侭」と云われたと、高笑いしていたことを思い出し、あんたが逝った知らせを受けたとき、一瞬罰が当たったのかと思ったほど、欲望の赴くまま、好きに生きたように感じるけれど。思うが侭だったのかい?
こっちは「晩年が良い」と云われたけれど、気づかぬ罪を重ねた報いに、紛れも無いデッド・エンドだ。
人のため、人を助けることに邁進していたMさんが逝く不条理に、世界を覆う不幸や理不尽に、辻褄が合わないと嘆くのは、多忙な神の小さな齟齬を責めることなのか。
自業自得、身から出た錆びが救いを求める、身の程知らずの悪あがきの自覚はあるけれど、いま、Mさんと話が出来れば、どんな言葉を聞けるのだろう。
そして、Yよ。あんたの起こした騒動が、永遠の謎になったけれど、そっちに逝ったら話を聞けるのかね。
幸せの絶頂で、勝ち逃げしたような去り方が羨ましい。
あんたは立派な大人として全うしたのだと、涙する人を見て、何者にも成れなかった己の手遅れに気づき、順番が逆だ、こっちはいつまで生かされるのかと、はやく消えて無くなりたい心境に、奇跡の日々は過ぎ去り、凍える季節に呆然と、どうやら人生を失敗した負け犬の遠吠えと自己憐憫。幸運は使い果たしたのかとこの未練。
まったく無駄に生きている。最低だ。
あんたの娘から聞いたけれど、最後に病室で交わした会話が、
「お酒もタバコも止めて、お医者さんの言うこと、ちゃんと聞いてね」と言うのに。
「それはどうかな」と答えたと、出来すぎたエピソードまで残して逝くとは。
生きているのが恥かしい小心者が孤独を嘆く。
憫笑しているかい。
(Triumph :ロンドンに設立され現存する最古のオートバイメーカー)